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福村 昌平:ムービーディレクター

「少しでもいいものを作りたい」。強い思いを胸に、1つ1つの仕事に全力で応えるのが、アマナきってのドキュメンタリー映像の名手、福村さんです。胸に迫る映像を生み出すディレクターのこだわりとは?

どんな学生でしたか?
学生時代は、スポーツ系の専門学校でスポーツトレーナーの勉強をしていましたが、途中で向いていないと思い、ものを作る仕事に就きたいと考え始めました。
卒業後は放送作家になろうと大阪で働き、その後東京へ。番組制作会社に勤務後、CM制作会社に入社。ドキュメンタリーに強い監督の下で技術を磨き、アマナへ入社しました。
現在(2018年1月時点)所属している部署の業務、自身の仕事内容を教えてください。
企業の広告映像を制作する部署で、映像ディレクター(監督)として活動しています。 前職で磨いたドキュメンタリー色の強い映像が得意ですが、実はドキュメンタリーも、商品の魅力を伝えるPR映像も、「何をどう切り取り、どう見せるか」という考え方は変わりません。重要なのは本質をとらえること。映像のポイントが定まっていない案件は、プロデューサーやクライアントと一緒に考えるところから始まります。
最近やりがいのあった仕事は何ですか?
半年かけて撮影を重ねた、墨田区の魅力を伝えるシティプロモーション映像です。ドキュメンタリーは半年と言わず時間をかけて撮るものもありますが、アマナ入社後いちばん長い時間をかけて人や街に密着できた仕事でした。
いちばんこだわったのは、「墨田区に暮らす方が見て、いいと思うかどうか」。自治体や僕ら制作側だけが喜ぶのでは意味がないと思います。墨田区に暮らす人、暮らしていた人が、10年後にこの映像を見たとき、自分の街を誇れる内容にしようと思いながら作っていました。
撮影では偶然の出会いやその場の雰囲気を重視していたので、「もっと早くこの人に出会えていえれば」、「もっと撮影期間があったら」と思うことも多くありました。でも、出演してくださったおばあちゃん、おじいちゃんに見せに行ったとき、そのおじいちゃんが感動して泣いてくださって。街の方に喜んでもらえたのはとても嬉しかったですね。
3年後の目標は何ですか?
その目標に向けてチャレンジしたいことはありますか?
少しでも、見た人の心が動く映像を作りたいと思っています。それは3年後だろうと10年後だろうと変わりません。
機械やシステムの発達によって誰でも映像を作れる時代に、僕達クリエイターには表現力を求められているのだと感じています。感動した、涙が出た、かっこいい、美しい、何でもいいんです。見た人の心が少しでも動くものを作るために、1本1本全力で挑みたいと思います。映画を作ることや、海外での仕事にもチャレンジしていきたいですね。
誰にも負けない、自分の“スペシャリスト”なところは何ですか? 
また、それを磨くために何かやっていますか?
諦めないこと、です。ディレクターが諦めると、そこでそのクリエイティブは終わってしまいます。少しでもよいものができる可能性があるなら、全身全霊をかける。それがディレクターという仕事のいちばん大切なところだと思います。いつも少しでもよくなるんじゃないかと思いながら、実現可能なギリギリのラインまで粘るようにしています。

わたしを表す1枚

前職の師匠と一緒に御嶽山に登って撮影した、雲海と日の出。1週間ほど粘って夏の雲海を撮影した、「頑張ればなんとかなる」精神を表す1枚です。理想を失わない現実主義者(でありたい)。

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